〓禍福は門なし。唯だ人の召く所のままなり。〓

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〓禍福は門なし。唯だ人の召く所のままなり。〓



禍福は門なし。唯だ人の召く所のままなり。

この意味は、
禍の門とか幸福の門とかいうものはない。
これらはずべて自分自身が招くものであるということです。


「信ずること」

は大事です。

しかし、あることを意識的に信じようとしたところで、
そう簡単に信じられるものではありません。


ではどうしたらいいのでしょう。

例えば、自転車に乗る話です。


誰でも、電車に乗るのに、練習を重ねるとう人はいません。
しかし、自転車となるとそうはいきません。

自転車に乗れるようになる前とその後に分けて考えてみましょう。

自転車に乗れるようになる前に、
他の人がすいすい乗り回しているのを見ると、
多くの子供が凄いなと思うはずです。

なぜ、凄いのか。

自分で友達のを借りてちょっと乗ってみたけど、
すぐにひっくり返ってしまう。

ところがお兄さんたちはスイスイ乗れる。

だから凄い。


では、乗れない子供に能力がないかというとそうではありません。

その証拠に、何度か練習すれば必ず乗れるようになるからです。

乗れるようになるとうことは、
もともとその能力が潜在的にあったということです。

能力が潜在的になければ、どんなにがんばっても無理です。

例えば、人間は生身のままでは、
いくら手足をばたつかせて頑張っても、
大空を自由に飛び回ることは不可能です。

なぜ無理かというと、
人間には潜在的にそのような能力はないからです。


自転車にすいすい乗れる子供は、もともとあった
自分の潜在能力を開発したことになります。

そして、その潜在能力を開発した手段は何かというと、

練習し、ひっくり返り、また練習し、またひっくり返りして、
体で覚えることです。


そして、ついには練習によって、
脳に、「こうしたらうまく乗りこなせる」という、
成功回路が形成されます。


一度この成功回路が形成されると今度は、汎化作用が起きます。

つまり、どんなタイプの自転車でも乗りこなせてしまうようになります。


成功回路というのは、
何かに成功した経験、成し遂げた経験、
うまくいった経験などが蓄えられた脳の神経回路のようなものです。


あるとき、子供がお母さんからお使いを頼まれたとします。

しかし、目的地は少し遠いので、「自転車で行こう」と子供は考えます。

言い変えれば、自転車にのるという目標を設定するわけです。

当然この目標は、あっという間に実現します。


そしてまだ自転車に乗れるという潜在能力を開発していない弟がこれを横で見ていたなら、「凄いな、あんあにスイスイのれてお兄ちゃんは」
となります。


兄は、
「自転車でいこう」という目標設定をします。

そうすると、その兄の脳に組み込まれた「自転車に乗れる成功回路」が、
「自転車で行こう」という頭の中で生じた言葉、によって働き出すのです。


ここで誤解してはいけないのは、
その言葉によってその子が自転車に乗れるわけではないということです。

言い変えれば、乗れるといくら信じたところで今まで乗ったことのない子が、
その場ですぐ自転車に乗れるわけではないのです。


したがって、「自転車に乗れる成功回路」がその子の脳に無ければ、
いくら自転車に乗れると思っても、うまくいきません。


このことは日常生活の色んな場面でありますね。



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