優越感

ここでは、「優越感」 に関する記事を紹介しています。

今回は「優越感」についてです。

以前、テレビのトークショーにある映画監督が出演していました。

テレビに映る彼は、まるで司会者を最初からバカにしたような傲慢な態度でした。

世間を見下したような、その横柄な受け答えを見ていて、私は嫌気がさしてしまいました。

さて、実際に彼は自分で思っているほど優れた人物なのでしょうか?

私はそうは思いませんでした。

高飛車な態度や傲慢さ、短気といった彼の性格は、人を傷つける憎しみの変形であり、本当に優れた人物にそのような性質が備わっているはずはないのです。

むしろ、自分に自信がなく、劣等感に苛まれている人間がそんな不安感を隠すために身につける隠れ蓑と言ってもいいでしょう。

ある日、私は協会に行ったのですが、その時牧師さんと話す機会がありました。

若いイタリア系のその牧師さんは、どことなく心がホッと安らぐような優しい微笑みを浮かべながら「古ぼけた協会でお恥ずかしいです」と、そっと私に囁きました。

もちろん、それは卑屈が愚痴などではなく、心温まる謙虚さ以外の何者でもありませんでした。 人は謙虚であることの価値を知り、初めて人間として成熟したと言えるのではないでしょうか?

謙虚であることと、弱さとは全く別の問題です。

もちろん、能力が欠けていることとも無縁です。

謙虚さとは、むしろ自分の能力をひけらかしたり、他人と比較して得意になったり、成功を鼻にかけたりするのではなく、自分や他人の長所を正当に認め、理解してあげられる心の余裕と強さなのです。

そして、それは傲慢さとは全く違います。

人を見下すことで自尊心を保っている人は、得てして自分を神のように思い込みたがるようですが、とんでもない彼らは神どころか悪魔の側についているのです。

優越感の第一の弊害は、人間が向上するのに必要不可欠な失敗というものを、自分にもまた他人にも許せなくなることです。

謙虚さこそが、人間の向上にとっての条件であり、また成熟と幸福への道標でもあるのです。

謙虚であってこそ、初めて人は本当の意味での優れた人物になれるのです。

他の人にとってではなく、自分自身にとって大切で価値のある人間に。

ウィリアム・ハズリットは、

「真に優れた人間は、自分でそうは思わないもの」

と言っています。




方法・ノウハウ・知恵袋
[仕事の悩み] ブログ村キーワード にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村
関連記事