人間関係を良くする方法や目標達成の方法、悩みの解決など、人生の指針となるエッセンスを綴っています。

〓内制止〓
人間は皆、心の中に内制止という機能を持っています。
「そんなことできっこない」とやる前から思い込んでしまう。
これが内制止です。
人間の声が電線の中を通って、遠くに伝わるなんて、そんな馬鹿な。
という内制止を持った友人がいたため、電話を発明したアレクサンダー・グラハム・ベルは、精神病院に一時強制的に入院させられそうになったそうです。
成功を自分のものにするためには、
まずこの内制止を必要なだけ取り去ることが第一歩です。
「それは不可能だ」などということは簡単なことです。
また、この言葉は、
そういうことで自分の頭や体をそれ以上に動かさずに済みます。
つまりこの三文字は、あなただけに楽をもたらすわけです。
そしていずれ、その反動がくる。
そういう点からみると、この「不可能」の三文字は麻薬のようなものです。
人間は色々な感覚を持っています。
炎を見ると、「熱い」と感じ、氷を見ると、「冷たい」と感じます。
これらは幼児のころに、自ら体験した結果が頭に刻み込まれているからです。
歳をとると、体が衰える、というのは、
これも幼児のころから、目で見、耳で聴いてきたいわば常識で、
自分も当然そうなると考えます。
特に、日本では歳をとると地味な服装をします。
これは、「老人」という名の制服を着るようなもので、
このようにして彼らは必要以上に早く、
おじいちゃん、おばあちゃんになっていくのです。
そして、実際体力が衰えるので、
この確信はますます深まるという相乗効果を生みます。
30代も過ぎると、
「もう歳だ。いまさらマラソンでオリンピックにでるなんて馬鹿げてる。」
と考えて手を引いてしまう。
これも内制止です。
さて、人間は内制止を無意識のうちに無視していることもあります。
例えば、火事場の馬鹿力などがそのひとつです。
ピアノを一人でかかえるなど、
とても不可能だという意識は誰でも持っています。
ですから、「一人で持ち上げろ」
と言われても、内制止が働いて、
「そんなことはできません」
と断るに違いありません。
ところが、火事になって、
「ピアノを燃やしてはいけない」
ととっさに判断すると、
「重いから無理」
だとか、
「一人で持てるわけがない」
といった内制止が吹っ飛んで、
ただ、
「燃やしてはいけない」
という意識だけが頭の中を占めるわけです。
その結果、女性が一人でピアノを家の外に持ちだしたりして話題になるのですが、
このように内制止を取り除いて、不可能を可能にできることが、世の中には沢山あります。
なぜ、火事場の馬鹿力で女性はピアノを一人で担げたのでしょうか。
それは、人間にはもともとそのような力が潜在的に備わっていたからに違いありません。
それがこのような火事の出来事をキッカケに顕在化したのです。

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〓潜在能力の開発〓


山芋の話をすると、あちこちがかゆくなる人がいます。
これは、山芋というキーワードを耳にしたことによって、
山芋のイメージが大脳に浮かんで、
それに以前山芋を食べたときの味覚が連想作用を起こし、
味覚や触覚をこつ然と呼び覚まし、
あたかも食べているかのような状態が大脳の中で生じたためです。


遠足や、旅行の前の日や、プレゼンテーションの前日などに興奮してなかなか眠れないというのも同じ事です。

同じような例は他にもあると思います。


目標、願望を持つと、これまでとは違った目の輝きとなり、
武者ぶるいするようなファイトがわきあがる場合があります。

もちろんこれは、目標、願望の大きさ、強さ、真摯さに比例するものですが、このように願望が達成された時のイメージが大脳に浮かぶと、
大脳は実際の出来事と鮮明にイメージしたこととの区別がつかないので、
すでにそれが達成されたかのような興奮が大脳の中で生じるのです。

わかりやすいように、「決断力」を例ににとって、
目標、願望がいかに決断力を高めるかをお話しします。


例えば、A氏が、明確な目標、願望を持っていたとします。

A氏にとって、それは絶対達成されなければいけないものです。
それ故、その達成に資するものと、達成を妨げるものが何であるか、
という区別がつくようになります。

そうすると意識的にせよ、無意識的にせよ、
A氏は、その達成に資する方を選択するようになります。

これまでのようにどうしようか、どっちがいいか、
などという優柔不断さは、目標、願望が明確にあるが故に、
なくなってしまったわけです。

ここにおいて、A氏の「決断力」は、
潜在能力から顕在能力に引き上げられたことになります。
つまり、潜在能力の開発が一つできたことになります。

そして、この潜在能力の開発ができたということは、
彼が強い目標、願望を持った為に他なりません。

「願望実現、目標達成」と、「潜在能力の開発」とう2つの大きな問題は相互に結びついていいます。






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〓目標設定の勘違い〓

トロロ汁の材料となる山芋の食べごろは、
晩秋から冬にかけてが一番良いとされています。

したがって、山芋を採るのも、その頃になります。
ところが、この時期は草木は枯れて、
山芋が地中のどこに埋まっているかは
素人では見当もつきません。

先日、その道の専門家の堂島さんという方に会ったのですが、
堂島さんは、比較的容易に山芋の場所を発見するので、
秘訣を聞いてみました。

その秘訣とは、
例えば、枯れ残った山芋のツルが近くの木に絡まっていたりします。
その他、いくつかの証拠が山芋の場所を示してくれているとう内容でした。

これらを「目標」とここでは呼ぶことにしましょう。

堂島さんは、山芋を探すことで、
一日で多くの山芋を採ることに成功しているわけです。

ここに潜在能力開発のノウハウの一端がかいま見えます。

素人は、「山芋はどこだ」と探しまわり。
プロは、「目標はどこだ」と探しまわります。

この違いです。


目標と願望を持つこと、
これは潜在能力の開発を通した自己実現には不可欠のことです。

しかし、よく成功や願望実現を説く人々が取り違えていることがあります。

それは、
「山芋はどこだ」と探しまわることを、しばしば「目標設定そのもの」と同一視するあやまちを犯していることです。

確かに似てはいますが、
例えば、「先見力、先見力」と叫んだところで、
先見力は身につくはずもありませんし、
「山芋、山芋」と叫んだところで、山芋が見つかるわけでもありません。

もっとも、「ジョン、ジョンと叫ぶと、うちのジョンはしっぽを振りながら、どこからか駆け寄って来るではないか。願望だって同じこと。願望はそれを求める人に寄り付いてくるもの。」
という人もいます。

しかし、このことだけに頼るとうのは多分に世俗を超越した主張であって、
このガチガチの現実社会に生きる人々にとっては、心の慰めにはなるかもしれませんが、実用的ではない主張です。

第一、犬であるジョンには目や耳や足はありますが、山芋にはないのですから。




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〓潜在能力の健在化〓




幼児の知能低下現象というのが、
ホスピタリズムという名で呼ばれて、アメリカで話題になったことがあります。

生まれたばかりの時から、長時間幼児を病院で育てると、
自宅で育った幼児より知能が劣ってしまうというのです。

病院の壁は白い。
幼児はその白い天井ばかり見て育つから、
単調な情報しか脳に送り込まれないわけです。

そうすると、脳細胞のシナプス間の繋がりものんびりとしたものになってくるというのがその原因です。

日々をベンベンと過ごす人々もこのホスピタリズムの魔手にとらわれているのです。

言い換えれば、いくら優れた大脳があっても、
ソフトウェア(環境)が整えられていなければうまく機能しないとういわけです。

潜在能力の健在化とういのは具体的にはどういうことでしょう。

ここに一台の自転車があるとします。

始めて自転車を見た子供たちは、もちろん運転することはできません。
子供が自転車を運転できないのは、決してそれを運転する能力がないとうのではないのです。

能力はあるのです。
ただ、潜在しているだけです。
したがって、練習すれば運転できるようになるわけです。
練習するということは、脳細胞同士のシナプスの連結を増やす作業に他なりません。

人間の潜在能力にも限度とうのもがあります。
例えば、生身で空を飛ぶことは不可能です。
もともとそのような能力を人間は潜在的に持ちあわせていないからです。
潜在能力というのは、言い換えれば元素のようなものです。

潜在能力がなぜ元素のようなものかというと、
ある脳神経細胞と別の脳神経細胞との複雑なからみ合いにによって、
ある時はヒラメキがわき、ある時は先見力が発揮され、
またある時は微妙な音の変化に敏感に反応し、
そして、ある時は何をやっても悪い方向へと人を導き、
また何をやってもいい方向へと導くという芸当を示してくれるからに他ありません。


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