人間関係を良くする方法や目標達成の方法、悩みの解決など、人生の指針となるエッセンスを綴っています。

〓ギリシャの詩人 ヘシオドス〓


前回、「まねぶ」ということに関してお話しました。

「マネ」をすることが、日本にとっては「まねぶ」の伝統の下に、
よい効果を生み出していることをまず再確認する必要があるからです。

すでに、「まねぶ」時代を通り越して、「マネ」を拒否する了解が出来上がった社会では、「マネ」でも、そのマネたもの以上のものは出来上がりません。
「マネ」の伝統がとうに失われている為です。
「マネる」という意味のもう一つの単語であるイミテーションの語源は、
イメージと同じ語源です。
そして、このイメージという言葉には姿、形がそっくりなもの、
という意味が与えられています。
つまり、それ以上の発展性はないわけです。

しかし、「まねぶ」が転じて、「学ぶ」になった日本では、
「マネ」は単なる「マネ」ではなく、
それに改良を加えてよりよくする、という発展性をもっています。

この発展性は、今の日本の時代背景では、ぎりぎりの創造性そのものです。
むしろ、みんなが「まねぶ」社会であるから、
そこになんらかをプラスアルファしなければならないという衝動が生じます。

とはいえ、ひとたび学ばれたものに対しては、
今度は島国根性丸出しで、
文字通りのイミテーション競争になってしまう面のあることも否めません。

ここでいう「マネをする」ということは
そのようなイミテーションの勧めではありません。

いまから約2千7百万年前、
ギリシャの詩人、ヘシオドスも次のようにいっています。

「最もよいのは、この先、そして最後もうまくいくと確信して、自分で全てを作り上げる人です。次によいのは、人の助け船に耳を傾ける人です。しかし、そのいずれでもないのは、どうしようもない人間です。」

よいアイディアが出ない時、
成功している事例をマネることも、
袋小路が出る一つのきっかけになります。

成功している事例をスプリングボードにして、
追いつき、追い越せばよいのです。



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〓まねぶ〓


想像力、発想力の開発の為に
「マネをする」
ことは大事です。

明治時代のころの話ですが、
ある西洋人が
「東洋人は、我々が作った機会をみていると、出来るだけ安くそれを売ってくれと言いますが、同じ東洋人でも日本人は、いくらでも出すから設計図を売ってくれと言います。」
というエピソードがあります。

創造性の話で、よく問題にのぼるのが、日本人は、マネはうまいが・・・。
という決まり文句です。
そして、この決まり文句には、
「だからダメなんだ」というニュアンスと、
「創造性に乏しいからそうなんだ」というニュアンスが含まれています。

しかし、歴史的な観点にたてば、
この決まり文句に含まれるニュアンスは明らかに正しくはないです。

周知のように、
「学ぶ」という言葉は、
「なねぶ」と読むように、
マネをするのが語源です。

また、「習う」という言葉も同じようにマネをする意味をもともと持っています。

もっとも、英語などでは、「まねる」が「まなぶ」となるようにはなりませんでしたが、これは言語学上の問題であって「学ぶ」という行為が、もともと「マネる」ことから始まるのは同じです。

そして、これまで発生した文明は、
全てそれ以前の文明を「まねぶ」ところから始まっています。

極めて大雑把に言えば、
ギリシャ文明を「まねぶ」ことにより、
ローマ文明が生じ、これをまねぶことにより、
現代西洋文明は成り立ったのです。

「マネる」という言葉の英語、ミミックという言葉自体も、
古代ギリシャの身振り狂言であるマイム、
つまりパントマイム語源としているのです。

問題はこのまねぶスピードです。

これまでの文明は、いずれもゆっくりと以前の文明をまねぶのが普通でした。
ところが、日本はそのスピードが尋常ではなかったのです。
相手を追い越そうという意志のもとにまねぶのですから、
大いに目立ちました。

産業革命という巨大なスプリングボードによって飛躍した西洋の科学技術は、あらゆる分野まで成長し、発展しました。
日本にとっては、まずそれらの分野で西洋にまねぶことにより自分のものにしなければ創造性どころの話では無かったのです。






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〓居は気を移す〓




「居は気を移す」

は、孟子の言葉です。

この言葉は、創造性開発のチエです。

場所を変えれば気持ちも変わるということです。

なにかアイディアに行き詰まった時、
旅行をするというのも大変良い方法の一つです。
もっとも、日本という国は町でも田舎でも、
どこに行っても似たような風景ばかりの国になってしまいました。

そこで、費用対効果の点で十分ペイするなら外国に行くべきです。
ただし、集団で行っては意味がありません。
一人か、もしくは少人数で行くほうが良いです。

言葉も風習も、人種も考え方も違う。

それらの情報が五感を通してあなたに飛び込んできます。
そして、その膨大な情報はあなたの潜在意識に蓄えられ、
その行き詰まっているアイディアと混ざり合います。

ヒラメキは、このようなところから生じます。

また、外国の似たようなアイディアを現地でまのあたりするのも良いです。




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〓右手に円を描き、左手に方を画かんとせば、両つながら成ること能わず〓


「右手に円を描き、左手に方を画かんとせば、両つながら成ること能わず」
(ゆうしゅにえんをえがき、さしゅにほうをかかんとせば、ふたつながらなることあたわず。)

右手で円を書きながら、左手で四角形を書こうとすると、
どちらも書くことができない。

この言葉には、以下に述べる勝利と成功のエッセンスが含まれています。

すなわち、的を絞るということ、
そして心を一つにせよ、つまり精神を集中せよ、ということである。


このように、的を絞るというこのには2つの意味があります。
その一つは、一つのことを決めたら、
迷わずそれに向かって突き進まなければならないということ。

2つ目は、決めた的を射止めるまで、注意の集中を怠らない。
ということです。

往々にして、集中できないことを年齢や、環境のせいにすることがあります。

ゴルフの名手、ジャック・ニコラウスの言葉は、とても参考になります。

彼は、
「精神集中とういのは、言い訳を見つけないことだ」
といっています。

コースが、ひどかった、観客がうるさかった、だから精神集中できなかった。
とう論理は成り立たない。

それらの障害は、精神集中できなかった原因ではありません。

精神集中できなかった結果です。

それはちょうど、
火が熱かったから、心頭が減却しなかったということに等しいです。

「心頭減却すれば、火もまた涼し」となるべきです。

このように、
的に向かって、精神を集中させながら突き進むところに、勝利は待っています。

しかし、
競馬の馬のように、目を前方しか見えないように覆ってしまってはいけません。


特に、長期にわたる目標の場合に、このことがいえますが、
時の流れは、周囲の状況をも変えてしまうものです。

ちょっときな臭い話ですが、
あなたが、敵の戦闘機を追うパイロットだったとします。

そのあなたの目が、競馬馬のように前方の敵機しか見えない状況でいたら、
不意に横から現れた別の敵機を知るすべはありません。

それでは全てを失ってしまいかねません

時の変化によって、物事の状況が異なってくれば、
それについての準備もまた変えなければなりません。

そのためには、時の流れの全体をも把握して、
に当たらなければなりません。







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