人間関係の悩み

ここでは、「人間関係の悩み」 に関する記事を紹介しています。

人間のキャラクター、性格について。

ある美容整形の応接室に、性格は顔で判断できると主張する3人の男性がいました。

一人は劇作家、もう一人は弁護士、三人目は医者でした。

手術前の患者の顔写真を見て劇作家が言いました。

「この人は顎が引っ込んでるから気の弱い人物ですね。」

いえいえ、彼は強気でやり手の証券マンでした。

次に弁護士が言いました。

「ほほに傷があるこの男はやくざでしょう。いかにもそれらしい傷だものね。」

いえいえ、彼は物静かなサラリーマンでした。

傷は交通事故の傷でした。

最後に医者が鼻のつぶれた男の写真を見て言いました。

「この男はかなり闘争的な感じですね。ボクサーかヤクザかな。」

いえいえ、彼は学校の教師でした。

鼻は、子供のころ梯子から落ちて折ったのです。

それから、その三人に手術後の写真を一枚ずつ見せていきました。

三人共、一度はあんなに醜く崩れていた顔が、こんなに正常な普通の顔になるなんて信じられないという表情で見入っていました。

昔から人は顔から性格を判断する癖がついているようです。

しかし、それは実に軽率で無茶な判断です。

外見よりも、行動や表情、しぐさ、マナー、会話などの方がはるかに正しい性格の判断基準です。

これはアメリカの学者、ジャストローの言葉です。

誤解を恐れずに言えば、セルフイメージが性格についての唯一の確かな判断と言えるでしょう。

セルフイメージは、その人の人生における成功と失敗の積み重ねから成り立ってると言っても過言ではないからです。

過去の成功を現在に生かせば「自信」が身に付き、人格は増々磨かれます。

その半面、過去の失敗にいつまでもクヨクヨしていれば、

大切なセルフイメージを恥じるようになり、

当然あなたの価値も、人格も、能力も、まるで本領を発揮できなくなります。


「人の性格は運命の審判者である」

長文読んでいただき感謝します。
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虚栄心についてです。
ドイツの聖職者、トマスケンピスの言葉です。

「真に徳のある人とは、その徳をひけらかさない人である」

この言葉は、自分の成功を鼻にかけたり、身に降りかかった不幸について愚痴をこぼさない人をうまく表現しています。 このような人は幸福に向かって毎日をクリエイティブに生き、その幸福を他の人と分かち合うことだけをいつも考えている人たちです。

そして、その対極にあるのが虚栄心です。
虚栄心は人の心と精神を蝕むものですが、誰の心にも取り付く可能性があります。
実際、人生の中から虚栄心を完全に取り除くことは不可能です。
虚栄心に取りつかれると俗にいう自惚れやになってしまいます。
こうなると、あるがままの自分を見つめることができず、自分を過大評価し、他人の注意を引くことに躍起になるのですが、それはまるで大理石を爪でひっかっくようなもので、何も手ごたえはありません。
虚栄心に取りつかれた人を誰も相手にしてくれるはずがありません。
やがて、何かをきっかけに自分を過大評価していたことに気づき、本当の自分の姿を知れば、今度は自分を嫌悪するしかありません。
結果的には自分に負けて、大きな自分という価値あるゴールを見失い、人生のチャンスをみすみす逃してしまうことになるのです。
このように虚栄心がもたらすのは敗北だけです。
虚栄心に取りつかれそうだと気づいた時には、一度立ち止まってじっくりと考えてください。
虚栄心からスタートするゲームに勝ち目はありません。
ただのわがままというレッテルが貼られ、力のない暴君と思われるだけです。
リラックスすることも心地よい眠りも得ることもできなくなります。

では、どうしたら虚栄心に勝てるのでしょうか?

それは、自分を温かい目で見ることです。
ただし、成功した自分に酔ってはいけません。
自分で自分自身のよき友人になるのです。
そうすれば当然、周囲の人にとってもあたなたは良い友達になれるはずです。
トマスケンピスが言ったように、本当に有能な人は能力をひけらかす必要はないのですから。


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今回は、偏狭な心についてです。
頑固者、偏狭な人間とは自分の意見や信条にしがみついて他人の意見は一切受け入れようとはしない人のことを言います。
偏狭という言葉はもともと偏っていて狭い心といった意味ですが、最近では敵意とか偏見、偏った態度という意味も含むようになりました。
このように偏狭さとは心の内側に宿る敵意であり、それは自分自身を破滅へ導くことにつながる危険な精神の態度だということを覚えておきましょう。
偏狭という言葉を英語で「bigotry」と言います。
偏狭さを構成しているものには、この「bigotry」のつづりから次のような性質があげられます。
1、bigotryの「b」に当てはまるのは
belligerent→闘争心です。偏狭な心を持つ人は他人に対して逃走的ですが、それよりもまず自分に対しても喧嘩ごしです。
2、bigotryの「i」に当てはまるのは
intolerant→忍耐力の欠如です。自分自身に対して辛抱強くないので当然他人に対しても寛容ではありえません。
3、bigotryの「g」に当てはまるのは
grotesque→自分の心に対して不自然に生きているので他人の目にもグロテスクに映るのです。
4、bigotryの「o」に当てはまるのは
opinionated→独断的なことです。いついかなる時でも自分だけが一番正しいという姿勢、人の意見は受け入れないが自分の意見は他人に押し付けます。
5、bigotryの「t」に当てはまるのは
terror→威圧感です。自分自身を押さえつけているのでそれを外の転じて他人までも押しつぶそうとします。
6、bigotryの「r」に当てはまるのは
revenge→復讐心です。自分の内側に潜む自己破壊性が他人を傷つけたいという衝動を呼び起こします。
7、bigotryの「y」に当てはまるのは
you→あなたです。
偏屈者はあなた自身かもしれません。
偏狭な人間はまず自分自身に対して不親切です。
だから他人に対しても無茶なことが言えるのです。
自分自身をひどく痛めつけているので平気で他人を傷つけることができるのです。
自分自身にとっても良い友人ではないのですから誰とも友達になれるはずがありません。
自分自身が極端な緊張感に締め付けられ苦しい日々を送っているので他人にも圧迫感を与えざるをえません。
自分自身の心にたくさんの傷があり、しかも常にそこが痛むので他人にも同様の苦痛を与えようとします。
自分自身を不愉快な人間だと思っているので他人をきらうことに喜びを覚えるのです。
偏狭さとは何よりも自分自身を傷つける行為です。
自分を大切にできない人間は結局他人の心の痛みにも鈍感です。
偏狭な人間の不幸は自分で自分を否定することからくる不幸に過ぎません。
偏狭さから抜け出すには、それがどんなに恐ろしく破壊的なことかを十分に認識するしかありません。
それが偏狭さに背を向け心の平和を呼び戻す唯一の方法です。


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真実の美しさは実はとても身近にあります。
本当の美とは、あなた自身の内側にあるものです。
憎しみや嫉妬におぼれ、うぬぼれた人間は例え肉体的、外見的な美しさに恵まれていたとしても、他人の目には醜く映るものです。

外見を美しく保つために、それなりの努力をすることは決していけないことではありません。
ただ、特に若い人に言っておきたいのですが外見の美しさにばかり気を取れれていてはいけません。

内面の美しさの方が、ずっと大切で貴重なのですから。
内面の美しさを磨くことが大切です。

人は皆、いずれ年をとります。
それにつれて、外見の容姿は多少なりとも衰えてくるものです。
しかし、心の美しさだけは衰えるどころか年齢に関係なく、磨けば磨くほど光っていくものです。

それでは内面の美しさとは何でしょう?

それは、自分の幸福や幸運を他人と分かち合うことができる心です。
自分以外の人間になろうとするのではなく、ありのままの自分を受け入れることができる心。
過去の失敗を許せて、自分や他人の長所を発見できる心。
自分や他人を尊敬できる心を持ち合わせているとうことです。

こうした内面の美しさこそが、あなたをより輝かせ、より幸福にしてくれるものなのです。
明らかにそれは、テレビコマーシャルに出てくるような典型的な美男美女のたぐいとは無縁の美です。

心の美しさは年齢には関係なく、いつでも手に入れることができるものです。


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私たちの居場所。

私たちが属している場所とはどこでしょうか?

もちろん、それは自分自身の内側に他なりません。 私たちは皆、自分の心の内側の小島に住んでいるようなものです。 そこは、人によって灰色の岩石に覆われた月面のように不毛な島である場合もあれば、色鮮やかな果樹園のように実り多い美しい島の場合もあります。 目標に向かってクリエイティブな努力を続けていくあなたの内側には美しい島があるに違いありません。

ストレスや緊張感に襲われたら休暇を取って、自分の内側にある美しい島に出かけましょう。 毎日少しづつでも良いのです。 お金も全くかかりません。 その心の休憩所で毎日5分づつでもちょっとした休憩をとることを朝起きて顔を洗うように、当たり前の日常の習慣にしてしまえばいいのです。

プレッシャーに負けそうになったり、ストレスを感じたりしたとき、そういったときはすかさず心の休暇をとることです。 リラックスして緊張感を開放し、目の前に立ちはだかる問題に十分に対応できるようにエネルギーを補給するのです。

自分の内側にある美しい小島での休暇。

素敵ですね。

でも、いつまでもそうしているわけにはいきません。 なぜなら、もちろんあなたはあなた自身に属していますが、同時にこの世の中にも属しているからです。

人は、自分ひとりで生きているわけではありません。

自分の内面から得られる幸福もありますが、一方で多くの幸福を外部から、つまり世の中から手に入れているのです。

大きな自分に向かって、日々努力を続けながらも、たくさんの人々があなたを必要としていることを、そして大きな自分がこの世の中に属しているのだということを忘れてはなりません。

成功も、大きな自分も他人と分かち合えないのならば、本当の意味で大きな自分に到達したとは言えないのです。 困難に出会ったら他の人にも勇気を分け与えるのです。 自分の為だけでなく、他の人の為にも立ち上がり、災難を幸運に変えてしまうのです。

どんな人でも災難に出会うことがあります。 周囲に災難に困っている人がいれば、惜しまずに助けてあげて下さい。

私たちはそんな時、お互いに助け合うために存在しているのですから。

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