人間関係を良くする方法や目標達成の方法、悩みの解決など、人生の指針となるエッセンスを綴っています。

明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願い申し上げます。
2017年の第1回目は「知識について」です。

「人間は生まれつき知りたがりである。」

これは、古代ギリシャの哲学者、アリストテレスの有名な言葉です。
地球上の人間の内、10パーセントの人間は学ぶ意思が無く、10パーセントの人間はもう学ぶ必要は無いと言われています。
でも、残りの80パーセントの人々が自分を高め、人生をより有意義なものにするために、そして他の人々と幸福を分かち合う為に
もっと学びたいという意欲をもっているとしたらとても素晴らしいことだとは思いませんか?
人間は3つの世界を生きています。
肉体の世界、知性の世界、精神の世界です。
何も食べずにいると人間の肉体はだんだんと衰えます。
それと同じように、学びたいという欲求がなくなったら、その人の知性と精神の世界は衰えてしまいます。
肉体が食べ物を取り入れなければ栄養失調になるように、知識を取り入れないと思考は無力感に陥ってしまいます。
精神的な栄養失調状態になってしまうのです。
精神にせよ、肉体にせよ、このような状態ではクリエイティブな人生など送れませんし、大きな自分に向かって努力を積み重ねることもままなりません。
栄養失調で衰弱した人間がマラソンに出場するようなものです。


アリストテレスの言葉は真実です。
全ての人間は教育によって成長することができ、全ての人間は教育を受ける義務と権利があるのです。
人間にとって学ぶということは呼吸するのと同じくらい自然なことであり、大切なことでもあります。
学習は成長し目標を達成するための基本です。
学ぶことの一番の醍醐味は自分自身をより一層知ることができることにあります。
しかし、嫉妬や憎しみ、偏狭さ、優柔不断、怠慢、不安といった消極的な精神状態は効果的な学習を妨げます。
小さな自分ではなく大きな自分を見つけるために、自分自身を教育する決意を固めましょう。
より豊かな知識を身に着け、クリエイティブな人生を歩むのです。
今年もいろんなことにチャレンジし多くのことを学びましょう!


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医者、弁護士、教師、デザイナー、会社員どんな職業に就くにしても最初は誰でもなかなか自信が持てないものです。
「自信」、つまり自分を信じる気持ちはどのようにして芽生えるのでしょう?
「自信」とは私たちの内側にいる自分自信を信用するということです。
一方で、自分に対する不信感や猜疑心は誰にでも存在します。
この二つのどちらを選ぶかが大きな自分になるか、ちっぽけな自分になるかの分かれ目です。
「自信」というのはどんな困難にであっても負けずに幸福という目的地に向かって力強く羽ばたくための翼なのです。
ところが、自分への不信感を抱いているときは、いわば幸福への翼が折れているようなもので自ら飛び立つことができません。
でも、自分への不信感も私たちにとって必要なものでもあるのです。
なぜならそこから抜け出し、自信と信念を育て上げていく努力が人が人としてやり遂げなければならない大切なことであって、その経験を通してまた一つ私たちは成長することができるからです。
「自信」はすべての人の心に潜んでいます。
ただ発見されるのを待っているだけなのです。
ウイリアム・ブレイクは次のように言っています。
「太陽や月でさえ、もしも人がその存在を疑うのなら即座にして消え失せてしまうであろう。」


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今回は、偏狭な心についてです。
頑固者、偏狭な人間とは自分の意見や信条にしがみついて他人の意見は一切受け入れようとはしない人のことを言います。
偏狭という言葉はもともと偏っていて狭い心といった意味ですが、最近では敵意とか偏見、偏った態度という意味も含むようになりました。
このように偏狭さとは心の内側に宿る敵意であり、それは自分自身を破滅へ導くことにつながる危険な精神の態度だということを覚えておきましょう。
偏狭という言葉を英語で「bigotry」と言います。
偏狭さを構成しているものには、この「bigotry」のつづりから次のような性質があげられます。
1、bigotryの「b」に当てはまるのは
belligerent→闘争心です。偏狭な心を持つ人は他人に対して逃走的ですが、それよりもまず自分に対しても喧嘩ごしです。
2、bigotryの「i」に当てはまるのは
intolerant→忍耐力の欠如です。自分自身に対して辛抱強くないので当然他人に対しても寛容ではありえません。
3、bigotryの「g」に当てはまるのは
grotesque→自分の心に対して不自然に生きているので他人の目にもグロテスクに映るのです。
4、bigotryの「o」に当てはまるのは
opinionated→独断的なことです。いついかなる時でも自分だけが一番正しいという姿勢、人の意見は受け入れないが自分の意見は他人に押し付けます。
5、bigotryの「t」に当てはまるのは
terror→威圧感です。自分自身を押さえつけているのでそれを外の転じて他人までも押しつぶそうとします。
6、bigotryの「r」に当てはまるのは
revenge→復讐心です。自分の内側に潜む自己破壊性が他人を傷つけたいという衝動を呼び起こします。
7、bigotryの「y」に当てはまるのは
you→あなたです。
偏屈者はあなた自身かもしれません。
偏狭な人間はまず自分自身に対して不親切です。
だから他人に対しても無茶なことが言えるのです。
自分自身をひどく痛めつけているので平気で他人を傷つけることができるのです。
自分自身にとっても良い友人ではないのですから誰とも友達になれるはずがありません。
自分自身が極端な緊張感に締め付けられ苦しい日々を送っているので他人にも圧迫感を与えざるをえません。
自分自身の心にたくさんの傷があり、しかも常にそこが痛むので他人にも同様の苦痛を与えようとします。
自分自身を不愉快な人間だと思っているので他人をきらうことに喜びを覚えるのです。
偏狭さとは何よりも自分自身を傷つける行為です。
自分を大切にできない人間は結局他人の心の痛みにも鈍感です。
偏狭な人間の不幸は自分で自分を否定することからくる不幸に過ぎません。
偏狭さから抜け出すには、それがどんなに恐ろしく破壊的なことかを十分に認識するしかありません。
それが偏狭さに背を向け心の平和を呼び戻す唯一の方法です。


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